水圏生物科学とは


1. 海は生命のふるさと

地球上に最初の生命が出現した場は海であった. 陸上生物でも,生体成分が海水の組成を反映しているという事実や, 核酸,アミノ酸を対象とした分子レベルでの証拠も,このことを示している. 海は紫外線を防ぎ,栄養に富み,温度変化も少ないという,生物にとって理想的な環境を提供した. 生物が陸上へ進出したのは,生命の歴史がようやく90%以上過ぎた頃であった. その間,今日に至るまで海の中で壮大な生物進化のドラマが繰り広げられてきたことになる.

左:これも重要な生化学資源?/中央:水の惑星地球 (東海大学情報技術センター)/右:韓国の海

2. 生物資源と環境

海や河川,湖沼などの水圏は,多様な環境を提供し, そこに生息する生物は,それぞれの環境に適応して進化してきた. これまで人類は,この再生産可能な生物資源を食糧として利用してきた. しかし,乱獲や海洋汚染などによって世界の漁獲量は頭打ちの状態にある. 「自然の恩恵」としてのみ利用してきた生物資源は,利用の限界に近づいているのかもしれない. 人口爆発に伴う将来の食糧危機を考えると,生物資源を管理し, より高度に利用していくことも必要であろう. そのためには,環境の変化が水圏の生態系全体に与える影響を十分理解しなければならない. また,水圏の生物は,食料としてのみ重要であるわけではない. これまであまり顧みられなかった海綿やらん藻でさえも, その代謝産物を薬などのモデル化合物の供給源として利用する研究がすすめられている. 生物資源を高度に利用することとともに,環境を保護し, 生物種を保全することが,益々重要になっている.

左:市場に並ぶ魚介類/中央:マイワシの水揚げ(ヤマハ発動機株式会社)/右:海洋天然物から見出されたカリキュリンとプロテインホスファターゼの複合体

3. 魚の回遊

ここで,最近の研究の一例を紹介しよう. ウナギは淡水で育った後,海に帰って産卵するが,その産卵場は不明であった. 本学の海洋研究所の研究チームは,研究船白鳳丸による30余年の調査の結果, 2005年6月の新月にグアム島西方のスルガ海山付近で 孵化後2-5日齢のプレレプトセファルス(ウナギの幼生)を数百尾採集し, ウナギの産卵地点をピンポイントで特定することに成功した. これにより,ウナギの産卵場を特定するために提示されていた 「海山仮説」と「新月仮説」はともに証明された. ウナギの産卵・回遊生態の野外調査で得られた知見は, 浜名湖の位置する本学の水産実験所で行われている 人工シラスウナギの生産技術開発に関する研究に活用されている. また,本種の資源管理や保全対策にも役立てられる.

左:研究船 白鳳丸/中央:ウナギのレプトケファルス幼生/右:回遊する魚類

4. プランクトンとは

プランクトンは魚類の餌として重要である. その一方,赤潮を引き起こす生物でもある. また,特異な代謝産物を含むことも分かってきた. 貝を毒化させるサキシトキシンはその代表である. プランクトンそのものが産生する物質もあるが, 共生する微生物が代謝したものを蓄積する場合もあるらしい. 宿主側の生物では,生体防御物質として蓄積していると想像されている. 海洋の物質循環を,微生物やプランクトンの段階で捉えることも水圏生物科学では重要である.

左:プランクトンネットによるサンプリング/中央:瀬戸内海に発生した赤潮/右:植物プランクトンの分布図

5. 水圏生物科学の将来は君たちのもの

生物の自然淘汰と進化は,数多くの生物種を海洋を始めとする水圏に残した. その多くを研究対象とする水圏生物科学は,若い人に無限の活躍の場を提供している. 現在,人類が受けている海からの恩恵である環境資源,生物資源と呼ばれるものは, いずれも水圏生物を土台にしている.資源とは限りがあることを意味しており, 人類に与えられた課題は,これら水圏生物との調和をはかって, 限りなく有効な利用を考え,現在のわれわれが享受している 地球の遺産を後世に受け渡すことである. 今,水圏生物科学が注目されている所以である.

左:フグ正面写真/中央:農学部三号館/右:実習風景